今日はニューヨークテレビフェスティバルのパネルディスカッションに参加。参加したと言っても、パネルに参加したわけじゃなく、観客としての参加。
しかし、全くもって何も学ぶことはなかった。目新しいことがゼロだった。なんてこった。最近自分が書いたコメディがドラマ化されることになった作家・脚本家を中心としたディスカッションだったんだけど、びっくりするほど普通のディベロップメント過程を説明しただけだった。がっかり。
今回のイベントは、ニューヨークテレビフェスティバルというフェスティバル主催のイベント。このフェスティバルは、一般の人からテレビ番組の企画や脚本を募って局へ紹介し契約までもっていってくれるもの。こういうのがこちらではたくさんある。
2007年に渡米したときには、テレビ局の人じゃない人が番組を提案できるということに驚き感激した。日本ではテレビ番組はテレビ局の人が作るもの(制作会社を含め)ということ以外にないもんね。
日本人映画監督のニューヨークサバイバル日記 How to survive New York life as a Japanese filmmaker
Wednesday, May 20, 2015
Monday, May 18, 2015
サンダンス・インスティトュート リーディング
今日は、サンダンス・インスティトュートでディベロップされた脚本のリーディングに参加。
脚本の完成度は高く映像がはっきりと浮かんでくる。役者も出演が決定している役者だったので、気合いバッチリだ。リーディング時間は2時間ちょうど。実際に編集後の作品の長さとほぼ同じでテンポが正しいことがわかる。
リーディングの後、脚本・監督のオリヴィエ を何とか捕まえて、サンダンスでの脚本と演出ディベロップメントの様子と、脚本の中で気になったことを質問。妊娠中の大きなお腹を抱えながら答えてくれた。
オリヴィエはサンダンス・脚本プログラムのメンバーであるだけでなく、Film Fataleという数あるニューヨークに所在する女性フィルムメーカー組織のメンバーなので、その2つの団体関係者がたくさん参加していた。私はどっちのメンバーでもないけど、何とか会話に参加しようと、出された大きなクッキーを片手にちょこまか動き回っていた。しかし、こういうラフなパーティでいつも困るのは身長の低さ。私の頭のひとつふたつ上で繰り広げられている会話に参加するのは至難の業だ。近くでうなずいているだけではなかなか気づいてもらえない。
脚本の完成度は高く映像がはっきりと浮かんでくる。役者も出演が決定している役者だったので、気合いバッチリだ。リーディング時間は2時間ちょうど。実際に編集後の作品の長さとほぼ同じでテンポが正しいことがわかる。
リーディングの後、脚本・監督のオリヴィエ を何とか捕まえて、サンダンスでの脚本と演出ディベロップメントの様子と、脚本の中で気になったことを質問。妊娠中の大きなお腹を抱えながら答えてくれた。
オリヴィエはサンダンス・脚本プログラムのメンバーであるだけでなく、Film Fataleという数あるニューヨークに所在する女性フィルムメーカー組織のメンバーなので、その2つの団体関係者がたくさん参加していた。私はどっちのメンバーでもないけど、何とか会話に参加しようと、出された大きなクッキーを片手にちょこまか動き回っていた。しかし、こういうラフなパーティでいつも困るのは身長の低さ。私の頭のひとつふたつ上で繰り広げられている会話に参加するのは至難の業だ。近くでうなずいているだけではなかなか気づいてもらえない。
Sunday, May 17, 2015
映画テレビの未来、コンフェレンス
今日は、「映画・テレビの未来」、と何ともデカいタイトルがついたコンフェレンスに参加。女性を含む映画プロデューサーの他に、Vimeo、Funny or Die、Viceという今トップを走るウェブプラットフォームのコンテンツ制作者やプログラマーのパネルディスカッションだ。
みんな頭が、ものすごく柔らかい、新しいものを作るという空気に満ちあふれていた。このウェブ時代、長さやフォーマット、カテゴリーや種類、などというものはないに等しく、どんなものでも出す場があり、そこには視聴者がいる。こういう市場では、以前はマイナーコンテンツと言われていたものも、確実にそのコンテンツに合った視聴者に届くので、もうマイナーという考え方は古い、というようなことをいろいろな角度から掘り下げていた。そして最後は、どこな場でも言われることだが、作り続けること、それを発表し続けること、それしかない、ということ。分かってるってば。
みんな頭が、ものすごく柔らかい、新しいものを作るという空気に満ちあふれていた。このウェブ時代、長さやフォーマット、カテゴリーや種類、などというものはないに等しく、どんなものでも出す場があり、そこには視聴者がいる。こういう市場では、以前はマイナーコンテンツと言われていたものも、確実にそのコンテンツに合った視聴者に届くので、もうマイナーという考え方は古い、というようなことをいろいろな角度から掘り下げていた。そして最後は、どこな場でも言われることだが、作り続けること、それを発表し続けること、それしかない、ということ。分かってるってば。
Wednesday, April 22, 2015
路上でヘイ、ベイビー!
日本と違ってこちらでは、路上で知らない人がしゃべりかけてくることが多い。
この前、ジムに向かって歩いていたら、後ろから、「ヘイ、ベイビー」と声掛けられた。よくあることなので別に驚いたわけではなかったけれど、どんな人か見てみたくなって振り返ったら、小学生だった。
通りがかりの女子に声掛ける練習をしてた様子。さすがにがっかりしたけど、日本での経験よりはマシだと思う。日本では、電車で塾帰りの小学生に子たちに、「ちっちゃいオトナっ」と言われたことがある。
この前、ジムに向かって歩いていたら、後ろから、「ヘイ、ベイビー」と声掛けられた。よくあることなので別に驚いたわけではなかったけれど、どんな人か見てみたくなって振り返ったら、小学生だった。
通りがかりの女子に声掛ける練習をしてた様子。さすがにがっかりしたけど、日本での経験よりはマシだと思う。日本では、電車で塾帰りの小学生に子たちに、「ちっちゃいオトナっ」と言われたことがある。
Thursday, March 19, 2015
マルチ差別受けたように思う。
この前一人でレストランで食事をしていたとき、差別を受けた。しかもマルチ!、、だと思う。
一人のときは手軽に食事を済ませがちなんだけど、 この日は無性にメキシコ料理が食べたくなって、近くにあったメキシカンレストランへ入った。
そこはユダヤ教の人が多く住んでいる場所で、お客さんは白人ばかり。金曜日のディナータイムで、私が入った直後からテーブル待ちの列ができ始めるような込み具体。付近では人気のお店のようだ。
とってもおいしくボリューム満点のチキンモレをいただき、食べ切れなかったのでいつものように残った分をお持ち帰りにしてもらうよう頼んだところ、いつもと違う反応が返ってきた。私が頼んだ相手は、料理の出し下げと水を注ぎ足すのが担当のメキシコ系男性。
彼は、「箱持ってくるよ」と言って消え、すぐさま「箱」を持ってきたかと思うと、テーブルの上へ置いてとっとと立ち去ってしまった。彼は他のテーブルのお客さんには、残った料理を一旦キッチンに持ち帰り、パックしたものをお客さんに渡している。どうして私だけ?
とりあえずその箱に料理を詰めて、私は聞いた。文句を言いたいというよりは本当に理由を知りたかったから。大音量の音楽とおしゃべり声のせいで大声を出さなければならなかった。「ちょっと聞きたいんだけど、どうして私の料理は詰めてくれないの?」
彼は何も言わずに肩をすくめた。これ英語ではshrugと言っていろんな意味に使われるしぐさなんだけど、この場合は「別に」みたいな感じだ。私が微かに期待していた返事、「モレは箱に詰めると、ライスと豆とトルティーヤとチキンとソースが混ざってしまってクレームが多いから、お客様自身で詰めてもらってるんだ」とか「店が込み合っているので、一人のお客さんには自分で詰めてもらってるんだ」ではなかった。
店の入口で客を出迎える店長みたいな人が、心配そうにこちらを見ている。周りの客もチラチラ見てる。彼に正当な理由がないことが分かった私は店を出た。店長は、私が店を出たらすぐ私が払ったチップの額を確認していた。
現場での雰囲気や対応から考えられる理由はこんな感じかな。
1、私が店で唯一のアジア人客だった
2、一人で言いやすかった
3、女だったから
4、アグリーだったから(普段からプリティではないけど、この日は目の調子が悪くて超ド近眼メガネを掛けていて、自他ともに認めるアグリーベティだった)
はっきり言われた訳じゃないので絶対とは言えない。でもこんな風に私は感じた。
これは完全に彼自身の問題だし、私はちょっと悲しい気持ちになっただけだ。黒人の人のように命を奪われるわけではない。オバマ大統領が言うように、「行進は(セルマがアラバマで行った黒人差別を訴えるための)まだ終わっていない」。
一人のときは手軽に食事を済ませがちなんだけど、 この日は無性にメキシコ料理が食べたくなって、近くにあったメキシカンレストランへ入った。
そこはユダヤ教の人が多く住んでいる場所で、お客さんは白人ばかり。金曜日のディナータイムで、私が入った直後からテーブル待ちの列ができ始めるような込み具体。付近では人気のお店のようだ。
とってもおいしくボリューム満点のチキンモレをいただき、食べ切れなかったのでいつものように残った分をお持ち帰りにしてもらうよう頼んだところ、いつもと違う反応が返ってきた。私が頼んだ相手は、料理の出し下げと水を注ぎ足すのが担当のメキシコ系男性。
彼は、「箱持ってくるよ」と言って消え、すぐさま「箱」を持ってきたかと思うと、テーブルの上へ置いてとっとと立ち去ってしまった。彼は他のテーブルのお客さんには、残った料理を一旦キッチンに持ち帰り、パックしたものをお客さんに渡している。どうして私だけ?
とりあえずその箱に料理を詰めて、私は聞いた。文句を言いたいというよりは本当に理由を知りたかったから。大音量の音楽とおしゃべり声のせいで大声を出さなければならなかった。「ちょっと聞きたいんだけど、どうして私の料理は詰めてくれないの?」
彼は何も言わずに肩をすくめた。これ英語ではshrugと言っていろんな意味に使われるしぐさなんだけど、この場合は「別に」みたいな感じだ。私が微かに期待していた返事、「モレは箱に詰めると、ライスと豆とトルティーヤとチキンとソースが混ざってしまってクレームが多いから、お客様自身で詰めてもらってるんだ」とか「店が込み合っているので、一人のお客さんには自分で詰めてもらってるんだ」ではなかった。
店の入口で客を出迎える店長みたいな人が、心配そうにこちらを見ている。周りの客もチラチラ見てる。彼に正当な理由がないことが分かった私は店を出た。店長は、私が店を出たらすぐ私が払ったチップの額を確認していた。
現場での雰囲気や対応から考えられる理由はこんな感じかな。
1、私が店で唯一のアジア人客だった
2、一人で言いやすかった
3、女だったから
4、アグリーだったから(普段からプリティではないけど、この日は目の調子が悪くて超ド近眼メガネを掛けていて、自他ともに認めるアグリーベティだった)
はっきり言われた訳じゃないので絶対とは言えない。でもこんな風に私は感じた。
これは完全に彼自身の問題だし、私はちょっと悲しい気持ちになっただけだ。黒人の人のように命を奪われるわけではない。オバマ大統領が言うように、「行進は(セルマがアラバマで行った黒人差別を訴えるための)まだ終わっていない」。
Tuesday, February 10, 2015
中年留学の悪いところ
前回のブログ内容のようないきさつで、中年留学をした私です。
いいことがたくさんありましたが、悪いことはどうだったでしょう?
・社会人経験をしてるので、学校や授業内容のアラが目につきやすい。
・自分のお金で来てるので、それが無駄になるようなことがあるとイライラしてしまう。
・ビザの関係で働けないので、貯金額とにらめっこしながら貧乏生活を余儀なくされる場合がある。
・暗記力が落ちてることを思い知らされる。
・脳に今までと違う活動をさせようとすると、嫌がってるのが手に取るようにわかり、いちいち時間がかかる。
・体力がクラスメイトについていけないときがある。
・体調管理をしていても、体のあちこちに支障が出てくる。
・家族が高齢なので、家庭の問題や事情を優先させないといけない場合が多くなる。
まあどれも一般的中年問題ではあります。ただ環境が海外であるために、
・第2言語での戦いになる。
・日本での経験を経験として生かせない場合がある。
・健康保険が高くて制限された保険にしか加入できない、または全く加入できないために(アメリカの場合)、完全な治療を受けられない場合がある。
・家族の元へ行くのに時間が掛かる。
ということが伴います。
私の場合は、ニューヨークに住んだこともあり、映画学校に通ったこともあったので、ほとんどのことは覚悟して行ったんだけど、思ったほど経験を生かすことができないことと、脳の働きが悪いこと、この2点には苦しめられています!
経験を生かすことができないのは、以前とやってることが違う、土地や環境が違うことが、中年留学の辛い点だけど、これに「時期が違う」というのが加わるのでなかなか手強い。技術の進化スピードが速いので、手段や考え方がどんどん変わっていく。特に私がやってる映像制作は、デジタルワールドなのでね、ブツブツ。
脳の働きが悪いのは本当に腹が立つ。働きが悪いというより、頭が悪い、というのが正解かもしれないけど、それを言ったらオシマイなので、言わないよー。記憶力はまあ仕方ないとして放ったらかしだけど、柔軟な発想を生み出す柔らかい脳、私の仕事にはこれが大事。毎晩シャワーから出たら、頭から脳を取り出してマッサージしたいくらい。
中年留学を考えている方、何か質問あったら是非どうぞ!
おっと最後に、これだけ悪いことがあっても留学してよかったか、ですが、今現在は、よかったと思う、とお答えしておきます。人生全体で考えたら、想像できなかった経験を山ほどしているので、アドベンチャラスな私としては、こちらで正解だったと思います。でも最終的にどこまでミジメな姿に落ちぶれるかわからない。とことん落ちたときに本当の答えが分かりまする。
いいことがたくさんありましたが、悪いことはどうだったでしょう?
・社会人経験をしてるので、学校や授業内容のアラが目につきやすい。
・自分のお金で来てるので、それが無駄になるようなことがあるとイライラしてしまう。
・ビザの関係で働けないので、貯金額とにらめっこしながら貧乏生活を余儀なくされる場合がある。
・暗記力が落ちてることを思い知らされる。
・脳に今までと違う活動をさせようとすると、嫌がってるのが手に取るようにわかり、いちいち時間がかかる。
・体力がクラスメイトについていけないときがある。
・体調管理をしていても、体のあちこちに支障が出てくる。
・家族が高齢なので、家庭の問題や事情を優先させないといけない場合が多くなる。
まあどれも一般的中年問題ではあります。ただ環境が海外であるために、
・第2言語での戦いになる。
・日本での経験を経験として生かせない場合がある。
・健康保険が高くて制限された保険にしか加入できない、または全く加入できないために(アメリカの場合)、完全な治療を受けられない場合がある。
・家族の元へ行くのに時間が掛かる。
ということが伴います。
私の場合は、ニューヨークに住んだこともあり、映画学校に通ったこともあったので、ほとんどのことは覚悟して行ったんだけど、思ったほど経験を生かすことができないことと、脳の働きが悪いこと、この2点には苦しめられています!
経験を生かすことができないのは、以前とやってることが違う、土地や環境が違うことが、中年留学の辛い点だけど、これに「時期が違う」というのが加わるのでなかなか手強い。技術の進化スピードが速いので、手段や考え方がどんどん変わっていく。特に私がやってる映像制作は、デジタルワールドなのでね、ブツブツ。
脳の働きが悪いのは本当に腹が立つ。働きが悪いというより、頭が悪い、というのが正解かもしれないけど、それを言ったらオシマイなので、言わないよー。記憶力はまあ仕方ないとして放ったらかしだけど、柔軟な発想を生み出す柔らかい脳、私の仕事にはこれが大事。毎晩シャワーから出たら、頭から脳を取り出してマッサージしたいくらい。
中年留学を考えている方、何か質問あったら是非どうぞ!
おっと最後に、これだけ悪いことがあっても留学してよかったか、ですが、今現在は、よかったと思う、とお答えしておきます。人生全体で考えたら、想像できなかった経験を山ほどしているので、アドベンチャラスな私としては、こちらで正解だったと思います。でも最終的にどこまでミジメな姿に落ちぶれるかわからない。とことん落ちたときに本当の答えが分かりまする。
Friday, February 6, 2015
中年留学の良いところ
今日は中年留学について書こうと思います。
私は、日本である程度ガッツリ仕事をしてからこちらに来ました。
中年になるまで一度も留学しなかったわけではなく、2年程度の短期留学はしてたんだけど、ビザやお金、キャリアの面でやっていける自信がなくて帰国してました。
日本ではコンサートプロモーターで働いてたのですが、仕事における自分の将来像が見えるに従って、年齢を重ねるに従って、このまま死んだら後悔しそうだ!と思い始めました。
なぜかというと、2年間留学したときにニューヨークで出会った映画制作をもっとやりたいという気持ちがずっと心の片隅にあったからです。
長らく悩み、決断したものの会社を説得するのにも時間が掛かり、家庭の事情を考慮してタイミングを計り、友人知人の唖然とする顔を押しのけ、やっと渡米したときには人生半ばを過ぎていました、トホ。
でも大好きな町にやってきてワクワクしながら学生を始めました。
中年留学の良いところはたくさんあります。
例えばこんなこと。
・自分のお金で来てるので、好きなことに好きなように使える。
・目的ははっきりしてるから、行動がブレにくい。
・ある程度先が読めているから慌てることが少ない。
・社会経験があるから落ち着いた判断ができ易い。
・若い友人や彼氏(私はシングルだったので)ができる!
・若い世代の文化を知れる、体験できる。
・初心に戻れる!
・いい年なんだからバカなことできない、というバリアを外せる!
・脳がまだまだ進化することを体感できる。
特に、初心に戻れることはとても気持ちよかった!
これは、ここまで環境を変えなくてもできればいいんでしょうが、私は日本にいるときはなかなかできなかった。だからとても嬉しかったよ〜。
今現在もまだ留学の続きでアクセクしてるので、あっけらかんと、「なっつかしいなぁ〜!」なーんて言えないけど、こうやって書き出してみると、笑えるエピソードをいっぱい思い出した。周りに助けてもらって中年留学させていただいて感謝です。
次回は恐怖の「中年留学の良くないところ」をお届けします。
私は、日本である程度ガッツリ仕事をしてからこちらに来ました。
中年になるまで一度も留学しなかったわけではなく、2年程度の短期留学はしてたんだけど、ビザやお金、キャリアの面でやっていける自信がなくて帰国してました。
日本ではコンサートプロモーターで働いてたのですが、仕事における自分の将来像が見えるに従って、年齢を重ねるに従って、このまま死んだら後悔しそうだ!と思い始めました。
なぜかというと、2年間留学したときにニューヨークで出会った映画制作をもっとやりたいという気持ちがずっと心の片隅にあったからです。
長らく悩み、決断したものの会社を説得するのにも時間が掛かり、家庭の事情を考慮してタイミングを計り、友人知人の唖然とする顔を押しのけ、やっと渡米したときには人生半ばを過ぎていました、トホ。
でも大好きな町にやってきてワクワクしながら学生を始めました。
中年留学の良いところはたくさんあります。
例えばこんなこと。
・自分のお金で来てるので、好きなことに好きなように使える。
・目的ははっきりしてるから、行動がブレにくい。
・ある程度先が読めているから慌てることが少ない。
・社会経験があるから落ち着いた判断ができ易い。
・若い友人や彼氏(私はシングルだったので)ができる!
・若い世代の文化を知れる、体験できる。
・初心に戻れる!
・いい年なんだからバカなことできない、というバリアを外せる!
・脳がまだまだ進化することを体感できる。
特に、初心に戻れることはとても気持ちよかった!
これは、ここまで環境を変えなくてもできればいいんでしょうが、私は日本にいるときはなかなかできなかった。だからとても嬉しかったよ〜。
今現在もまだ留学の続きでアクセクしてるので、あっけらかんと、「なっつかしいなぁ〜!」なーんて言えないけど、こうやって書き出してみると、笑えるエピソードをいっぱい思い出した。周りに助けてもらって中年留学させていただいて感謝です。
次回は恐怖の「中年留学の良くないところ」をお届けします。
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